加藤のブログ

アルミ型材 加工 大阪   厚く御礼申し上げます

2022年2月02日

弊社 取締役会長 加藤信治郎が 令和4年1月20日 永眠いたしました

ここに生前のご厚誼を深謝し謹んでご通知申し上げます。

なお、通夜・告別式は昨今のコロナウイルス感染拡大防止を踏え

近親者のみにて執り行いました。

誠に勝手ながら ご厚志につきましてはお心だけを頂戴し

伏してご辞退申し上げます。

(約35年前 旧事務所棟にて)

 

私の子供の頃 父親は私が起きる頃には出かけており 寝る頃にはまだ帰宅していません

もちろん入学式 運動会 卒業式なども来たこともありませんでした

(ただ母がいうには 幼稚園の頃父親参観日だけは一度参加したとのことですが 私の記憶にはありません)

普通の家庭では 父親のことを 「お父さん」「パパ」と呼ぶのでしょうが

親子の触れ合いがほとんどない我が家では 小学校低学年まで 我が家では父を呼ぶ名前はありませんでした

(母親のことは 「お母さん」とは呼んでいました)

家では ほとんどニコリともせず 兄弟(兄がおります)にとっては 実に怖い存在でした

家庭の中では 父親との会話は社会人になってようやく 一回の会話が1~2分位あった程度でした

 

関西金属製作所に入社しても ほとんど会話がなく

入社3年間で 3分以上会話をしたことがあるのは3回くらい

(ただし今となっては内容を覚えているのは以下の二つです)

〇一つは 関西金属製作所ではお互い隣同士の席なのに あまりに親子の会話が無いので

父親(当時は社長)から「文句があるのなら早く言え!」と言われたことと

〇もう一つは 私が新規のお客様に対してすぐにつけ(掛け売り)にする様子をみて

「お前は 道ですれ違った人に 頼まれたらお金を貸すのか?」

(あまり知らない人に簡単にお金を貸すな=掛け売りにするな)と注意を受けたこと位でした

 

私が31年前に入社してからは 第一線からは退き 仕事に対してほとんど口出しはしてきませんでしたので

その後も会話は 私が業務報告&相談をする時くらいでした

あまりに口を出してこなかったので この人は 自分が創業した会社のことはもうどうでもいいのか?と

勘違いするぐらいでしたが 今となっては 頼りない私に対して相当辛抱していたのだろうと思うところであります。

 

父親に対してもっとも尊敬した出来事がありました

以前 大口ユーザーに信用不安説が出た折 数度「大丈夫か?」と聞かれた折

私は「不安はありますが注意して取引を続けます」と答えていたのですが

その数か月後・・・・

倒産の事実を知ったので 悪い知らせはすぐにと当時会長だった父親に

「〇〇会社が倒産しました」と伝えたのです

私はてっきり

「ほら見てみい やっぱり潰れたやろ なにをしてんのや!」と いわれる(怒られる)と覚悟していました

ところが 会長が言ったのは

「そうか お前が今は社長なんやから お前が責任をとってちゃんと処理をしたらえんや!」だけでした

私が父親の立場なら とてもこの言葉だけでは済んでいませんでした

あ~父親には勝たれへん 自分もこの位 腹の座った人間になりたいと思った瞬間でした

あれから月日は経ちましたが 父親の領域には到底達していないことを痛感する日々です

人生はまだまだ勉強・修行

少しでも父親に近づけるよう

そして将来追い越せる様よう精進してまいる所存です

 

どうぞ今後ともご指導・ご鞭撻のほど 宜しくお願い申し上げます。

改めて 今まで 父親に対してのご厚誼を深謝し御礼申し上げます。

代表取締役 加藤慎二

 

 

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